大きな物音がしたので窓の外を見ると、見たことのない生物が向こうをゆっくり歩いていた。黒い影になっていて、ここからはよく見えない。自転車に乗ってその影に近づいてみると、やはり大きな生物がゆっくりと歩いていた。
すでに子どもたちが集まっており、石を投げながら大声を上げていた。大人たちはそれぞれ訝しげに生物を眺めた。双眼鏡で観察している者もいた。飛び出して近づこうとする子どもを、母親が必死に引き留めていた。近くに寄ると、おそらくその生物から発せられているとおぼしき臭いがした。
一人の男が、生物に向かって堂々と歩き出した。生物の脇まで行くと、全く問題ない、誰でも触れるぞ、というようなジェスチャーをした。笑顔で手を振っているようだった。みな、少し安堵した。しかしその直後、彼はその場に倒れ、死んだようだった。人々は一目散に逃げ、それからは生物を遠くから見守ることになった。
遠くから眺めていると、生物はときどき赤くなった。そのたびにみなが不安になったが、しばらくするとまた元の色に戻った。消防車が放水を試みた。自衛隊が大砲を撃ってみた。生物はときおり奇妙な音を発した。鳴き声なのかもしれなかった。遠くにいれば、少なくとも安全なようだった。
街ではさまざまな噂が飛び交った。危険なものとして除去すべきだという者もいれば、何らかの神の啓示だという者もいた。生物の周辺には、生物まんじゅうを売る屋台ができた。あんこの入った、おいしいまんじゅうだ。
ある人物は、生物が夜中に自宅へ侵入してきて恐ろしい目に遭ったと語った。その人は程なく発狂し、自ら命を絶った。一方、ある学者は、生物の発する臭いにはダイオキシンを浄化する働きがあると発表した。
ある日、生物は忽然と姿を消した。
しばらくの間、テレビでは「生物はなぜ消えたのか」をめぐる特番が繰り返し放送された。関連書籍も何冊か出版されたようだった。
数年後、人々は生物のことをほとんど忘れてしまっていた。どんな姿をしていたのかも忘れてしまった。
